今年10月、待望の再来日!ラファウ・ブレハッチのインタビュー

2021年10月26日(火)19:00開演 ミューザ川崎シンフォニーホール
ラファウ・ブレハッチ ピアノ・リサイタル

ショパン国際ピアノコンクールの優勝からはや16年。目先の成功を追い求めることなく、自分のペースでじっくりとその時々のレパートリーと向き合い、一歩ずつキャリアを積み重ねてきたラファウ・ブレハッチ。そうした誠実な姿勢がにじみ出る純度の高い彼の演奏を待ちわびるファンは日本でも多い。
 2019年以来の来日となる10月のソロ・リサイタルでは、前半にバッハの《パルティータ第2番》とベートーヴェンの初期のソナタ第5番と《創作主題のよる32の変奏曲》、後半にフランクの《前奏曲、フーガと変奏》作品18とショパンのピアノ・ソナタ第3番という考え抜かれたプログラムを披露してくれる。プログラム全体がハ短調とロ短調で構成されている点も目を惹く。選曲の意図について訊いてみた。

 「プログラムの構成にはいくつかのポイントがありまして、調性はその一つです。前半がハ短調、後半がロ短調ですが、これはバロックの伝統に関連しています。というのも、バロック時代の楽器は今とは異なるピッチ[音の高さ]で調律されていたため、ハ短調で作曲された曲は現代でいえばロ短調として鳴り響いたわけです。たとえば、有名なバッハのオルガンのためのニ短調の《トッカータとフーガ》はバロック時代においては嬰ハ短調に聴こえたのです。したがって、プログラム全体がロ短調で統一されているということになります。
 二つ目のポイントとして、ポリフォニックでオルガン風の書法の作品を取り上げたいと思いました。前半にバッハの《パルティータ第2番》、後半にフランクの《前奏曲、フーガと変奏》(バウアー編曲)、と各セクションをポリフォニックな作品で開始します。特にフランクは原曲がオルガン曲ですので、オルガンの響きやオルガン的なアプローチを意識しながら演奏したいと思います」


 さらに三つ目のテーマとしては、ベートーヴェンの初期のソナタとショパンのソナタ第3番を対比させることで、二人のソナタに対するアプローチの違いに焦点を当てたいと話す。

「ベートーヴェンはきわめて古典的なアプローチを取り、ショパンはとてもロマン主義的な手法で作曲されているので、その対比は明らかだと思います。とはいえ、ショパンのアプローチは情緒的にはロマン主義的ですが、形式的には古典的な部分もあります。こうしたアプローチの違いを比較することで、聴衆のみなさんにも関心を持っていただけるのではないかと思います」

ラファウ・ブレハッチ
Rafal Blechaz Pianist Photo: Marco Borggreve

ブレハッチはあるインタビューの中で「いずれベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲を録音するのが夢」と語っているように、彼にとってベートーヴェンは生涯をかけてじっくり取り組むべき作曲家なのだろう。今回の選曲にはどんなこだわりがあるのだろうか?

 「ベートーヴェンのソナタ作品10-1は、ときには《小さな悲愴》とも呼ばれる比較的初期のソナタです。今回は《悲愴》や《熱情》などの有名曲ではなく、短めのソナタを取り上げたかったのと、これと《創作主題による32の変奏曲》はいずれもハ短調でぴったりの組み合わせだと思ったからです。ベートーヴェン自身の主題に基づくこの変奏曲はとても魅力的な曲です。わずか8小節からなる短い主題が次々と変幻自在に変奏されていくという、まるで万華鏡みたいな変奏曲なのです。
 このほかにも今取り組んでいるベートーヴェンの作品はありますが、私にとって一つの曲を人前で弾けるようになるまでには、独りでじっくりと向き合い、アイディアやロジックについて熟考し、音楽を全身で感じられるようにすることが必要なのです。いずれそうした曲も皆さんと分かち合える時がくるでしょう」

さて近年、ブレハッチは演奏活動と並行して大学院で哲学の研究に取り組み、博士号を取得した。哲学を学んだことで音楽家としての人生にも変化があったのだろうか?

 「哲学を学んだことは自分の音楽活動や演奏の解釈のみならず、人生にとっても大いに役立っています。このパンデミックにおいても私の心の支えになりました。たとえばこの間、なぜ私たちはこうした苦しみや悲しみを経験しなければならないのかについて深く考えたり、さまざまな哲学書を読んだりしました。パンデミックを通してこうした感情を実際に経験したことで、今後の自分の演奏や解釈もより深いものになると思います。音楽を通してこうした感情を表現し、日本の皆さんとも分かち合えたらと思います」

取材・文=後藤菜穂子(オンラインにて)