諏訪内晶子&オライオン・ワイスへのインタビュー!

2024年9月8日(日) 14:00  開演 ミューザ川崎シンフォニーホール

諏訪内晶子&オライオン・ワイス デュオ・リサイタル

  

諏訪内晶子 インタビュー

2020年諏訪内晶子はヴァイオリンを20年来の〝相棒〟だったストラディヴァリウスの「ドルフィン」(1714)からグァルネリ・デル・ジェズの「チャールズ・リード」(1732)に替えた。翌2021年、新しい楽器でJ・S・バッハの「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」全6曲を録音(デッカ=ユニバーサル ミュージック)、ドイツ音楽の領域に大きな一歩を記した。2023年10月には同じ楽器、同年の日本ツアーでも共演したブルガリア人エフゲニ・ボジャノフのピアノでブラームスの「ヴァイオリン・ソナタ」全3曲の収録を終え、ドイツ音楽へのさらなる取り組みの成果を問う。2024年9月の日本ツアーは米国のピアニスト、オライオン・ワイスにパートナーを替え、同じブラームスのソナタ3曲で全国を回る。

諏訪内晶子

バッハ「無伴奏」のディスクやコロナ禍中の日本で演奏したベートーヴェンの「ヴァイオリン協奏曲」を聴き、デル・ジェズが諏訪内さんの音楽に一層の進化を与え、意図がよりはっきり、聴き手にも伝わるようになったと感じました。

デル・ジェスの場合、普通に弾くだけではストラディヴァリウスのように特徴ある音が出ませんので、より明確な自分の音の方向性、音楽づくりが必然となったのです

ブラームスの「ヴァイオリン・ソナタ」は《雨の歌》の愛称を伴う第1番に限らず、3曲それぞれが自作の歌曲(リート)と深く結びついていて奥の深いジャンルです。

ニューヨークのジュリアード音楽院修士課程修了後しばらくして、1990年代の終わりにベルリン芸術大学(UDK)の学術博士課程に試験編入しました。弦楽器担当のウヴェ・ハイベルク先生は『楽器を〝弾く〟行為によって音楽が遮られ、器楽奏者の身体から乖離していく』という考えの持ち主で生徒全員、リートを習わなければなりませんでした。演奏活動が忙しくなり、すべての必須課程は終えていたものの、最後の実技試験だけが残っていて、UDKを卒業できていませんでした。コロナ禍で時間に余裕のできた2020年に最後の実技試験を受けられるかどうか、卒業の可否を問い合わせると『まだ大丈夫です、どうぞ』と。2020年の卒業試験時はコロナ禍で学校自体も閉鎖になり、翌年の同時期に改めてファイナル試験を受けて卒業しました。ようやく心残りがなくなった時点でハイベルク先生の教えが強く思い出され、『歌』を遮られている自分に気付いたのです。米国時代の教育にはなかった視点でした。ブラームスのように深く、様々な歌の要素も伴う作品を演奏するとき、ベルリンでテノール歌手の先生から受けたリート歌唱のレッスンが大いに役立ったことは、言うまでもありません。

諏訪内晶子2

実演でも録音でもシゲル・カワイのピアノを愛用、低い椅子に腰かけ腕を下から上に動かすボジャノフさん。キャラクターや演奏の傾向がグレン・グールドに似ています。

ツアーで回るよりもレコーディングを好み、セッションで全てを出せる点だけでなく、何度もテイクを重ね、その全部を何度も聴いて完成させるまでの執念においても、グールドに近いものがあります。最初ベートーヴェンを考えていたら突然、『あんまり弾いたことがないけど、ブラームスにしよう』と言い出しました。音楽のスイッチが入るといっさい会話せず音楽に没入、周囲を振り回しますが、独自の個性に疑いの余地はありません。結局、完成までに1年を費やして、良いアルバムに仕上がったと思います。

9月の日本ツアーのピアニスト、ワイスさんはすでにアルノー・シュスマンのヴァイオリンで同じ3曲の録音をリリース(Telos Music)、そこではボジャノフさんとはかなり異なる個性を発揮しています。

1人の世界をつくりがちなピアニストの世界にあって、ワイスさんはとても協力的ですね(笑)セルゲイ・ババヤンさん(筆者注:1961年アルメニア生まれのピアニストで第1回浜松国際ピアノコンクール優勝、現在は米クリーヴランド音楽院で後進の指導にも当たる)の弟子でもあり、共通の友人がたくさんいます。ジェイムズ・エイネスさんやアウグスティン・ハーデリヒさんらヴァイオリニストとの共演も多く、すごく忙しいので早めにスケジュールを押さえました。ブラームスのソナタはピアノも大変に重要、ピアニスト次第で演奏が大きく変わります。私は相手に抵抗するよりも、影響される方を好むヴァイオリニストだと思いますから、ディスクとはまた違った演奏をお楽しみにいただけるはずです。

取材&執筆:池田卓夫(音楽ジャーナリスト@いけたく本舗®︎)

オライオン・ワイス インタビュー

多数のソリストと定期的に共演し、アメリカで室内楽奏者として注目を集めているオライオン・ワイス(ピアノ)が、室内楽の楽しみを存分に語ってくれました。

オライオン・ワイス

室内楽を好まれると聞ききました。室内楽のどのような点が魅力的だと思いますか?

室内楽は大好きです。その過程のすべてが大好きなのです。リハーサルをして、話し合い、アイデアを共有して、音楽的経験を通して友情を築き上げることが好きです。本番は特に大好きです!音楽の友人達と舞台で、魔法の中で音楽を分かちあうわくわくした感じは、何にも代えがたい喜びです。

これまで印象的だった共演について教えていただけますか?

すばらしい共演の喜びに満ちた思い出がとてもたくさんあります。お気に入りのリストアップを始めることすら難しいくらいです。でもひとつだけ選ぶとしたら、メシアンの「世の終わりのための四重奏曲」でヨーヨー・マと共演したことは、これまでで最も刺激的な経験でした。彼はとても寛容で想像力があり創造的でした。彼と一緒に演奏し、音楽について話し合えたことはぞくぞくする体験でした。

今、どのような活動に力を入れていますか?

私の活動は様々な刺激的な仕事に満ちています。私はレコーディングが大好きですが、今年新しいソロCDが出ます。タイトルは「アークIII」と言って、3部作のレコーディングの最後になるものです。それからドビュッシーの「12の練習曲」の録音も最近終えたところなので、そのCDの編集作業も行っています。協奏曲の演奏も好きです。今年、とても楽しかったのは、マイケル・ティルソン・トーマスが指揮したワシントン・ナショナル交響楽団とシカゴ交響楽団との共演です。来年はいくつかのソロ・リサイタルでブラームスとバッハのゴルトベルク変奏曲を弾くのを楽しみにしています!また私は、弦楽四重奏団、歌手、クラリネット奏者、ヴァイオリニスト、チェリスト等の様々な素晴らしいリサイタル・パートナーと室内楽を行っています。私は自分の活動の多様性がとても気に入っています。そのひとつひとつが別の活動をするときの助けになっています。たとえば、ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタを演奏することは、ベートーヴェンのピアノ協奏曲の解釈の助けになっていますし、ベートーヴェンのピアノ・ソナタの演奏はベートーヴェンの三重奏曲で助けになるのです!

今回の日本ツアーで演奏していただくブラームスのヴァイオリン・ソナタの魅力はどのようなところにあると思いますか?

ブラームスの3つのヴァイオリン・ソナタはヴァイオリンとピアノの最高傑作に数えられます。ひとつひとつが独自の世界を持っています。並べて聴くと、3曲全体でブラームスの人生の全体像を作り上げています。3曲を聴くとまるで季節の移り変わる一年を通した旅のようです。ソナタ第1番は私には春のように聞こえます。厳密に言うと春のブラームス版ですね!第2番は暖かい夏の音楽で秋へと導いていきます。そして3番は冬の嵐のようです!

オライオン・ワイス2

諏訪内晶子さんとのブラームスは、どのようなものになりそうですか?

晶子は本当にすばらしく、熱情的でダイナミックな音楽家です。演奏はきっと非常に思いのこもった胸を躍らせるものになるでしょう。待ちきれません。そして私たちは毎回違う演奏をするだろうと確信しています。私たちは常に探し求め努力し続けるのです!

ところで、諏訪内晶子さんとの出会いはどのようなものだったのでしょうか。

私たちには共通の友人がたくさんいて、互いにずっと共演したいと思っていました。今回のコンサートは二人の初共演になります!

初来日はいつですか?

2007年にヴァイオリニストのジョセフ・リンとのリサイタル・ツアーで初来日しました。再び日本に行くことができわくわくしています。ずいぶんと久しぶりになります。

日本の印象を教えてください。

私は日本の文化、食べ物、芸術、それから特に映画が大大大好きです。若い時には日本のホラー映画が本当に好きでしたが、今は小津安二郎や溝口健二のような静かなドラマや古い映画が好きです。黒澤明と黒沢清も大好き!宮崎駿の映画も全部、子供と一緒に見ています。日本滞在中は、とても嬉しくて、たくさん食べて、きれいな所をたくさん見て、親切で温かいたくさんの人々と出会い、そしてクラシック音楽に対する情熱に圧倒されました。それが一番うれしかったです。

日本で楽しみにしていることはありますか?

今回のツアーではこの国をもっと深く知ることができるのでわくわくしています。たくさんの素晴らしいホールで演奏し、ブラームスの天才さに深く潜り込み、私たちの解釈を聴衆のみなさんと共有することが楽しみです。

日本のファンのみなさんへメッセージをお願いします。

皆さんと会えること、日本でご一緒できることを心から楽しみにしています!皆さんの美しい国と申し分のないコンサート・ホールに私を迎えてくれてありがとうございます。私は日本語を話しませんが、私たちは音楽を通して伝えつながることができます。音楽は奇跡なのですから、私たちは互いに完全にわかり合うことでしょう。            

取材:ジャパン・アーツ